26, 03. 2011 マンサク


朝方の晴れ間は、やがて雲が出始めて高曇りとなり、昨日は正午前から雪が降り始めた。只でさえ鬱陶しい天候なのに、朝刊の記事を読んで暗澹とした気分が続いた。津波の研究が進み、869年の貞観津波、1500年にも内陸3kmに達する巨大な津波があったことが判り、1990年に発表され、東京電力の想定の甘さが指摘されていたにも拘らず、産業界からの圧力で耐震の見直しが遅れていたと記されていた。見直しがされると、廃炉や補強、計画変更につながり、運転不可能になったり、多額の費用がかかることを恐れての処置だったとのこと。この様な倫理観と価値観を持った人達が国の中枢を動かしていたのだから恐ろしい。想定値を高めた女川の原発は、行方不明の住民の数が未だ掴めぬ程、壊滅的な打撃を受けたのに、原発には今回は支障が起きなかった。人災以外の何ものでもない。



小雪が散らつく中を、2時過ぎに生花と茶菓を買求めに出かけた。マンサクが咲くお宅がもう1軒あったのを思い出し、回り道をして南へ向う。南向きの庭のほぼ中央で、花を付けていた。雪が降る中で、此処だけ光が当っている様な、不思議な光景だった。





一番通りを東へ向う。アパートの生垣のレンギョウが、僅かに現れていた。アパートの東側の住宅街に、ミズキが植えられているお宅があったことを思い出して立寄ったが、比較的背丈が低かったミズキは、未だ雪を冠っていた。雪の降り方が激しくなって来た。




住宅街を東へ進む。生垣と道路の間の植込みに、ヒマラヤユキノシタとラベンダーが現れていた。東の沢に近いお宅では、庭木が折れたのか、大量に枝が切られて纏められてあった。家の東西は屋根からの落雪が高く積っているので庭には出られないが、雪が融けたらきっと何本かは木が折れているのではと思っている。




東の沢から西へ戻り、公園の窪地を覗き込む。周辺から運び込まれた雪は、未だ堆く積っていた。エゾエンゴサクニリンソウエンレイソウの咲く窪地。この様子では、雪が融けるのは随分先のことになりそう。茶菓を買求めて、西の生花店に向う。歩道脇のイチイの生垣の下に、フキノトウを見付けた。今年初めて目にするフキノトウだった。




花を買求め、シラカバ公園を通って戻る。小止みになっていた雪が、また降り始めた。これが3月末の光景なのかと気が滅入る。



今朝雪は止んで、青空が広がっている。天気予報で告げられる被災地の気温が低い。早い春の訪れが望まれる。


マンサク Hamamelis japonica マンサク科